設立趣意書
中世初頭、十二世紀を生きた西行は、「中世文化の全領域を貫く精神的伝統の源泉としての巨人」「中世文化の諸領域のすべてに関わる自由人の典型」(目崎徳衛『数奇と無常』)という高い評価が定着している。和歌文学がひとつの絶頂を迎えた『新古今和歌集』で最高入集を果たした歌人であっただけでなく、その和歌文学が日本文化の中核であったがゆえに、影響力は文学の諸ジャンルにわたったのである。また、全国各地に及ぶ足跡を残した旅人としても、仏教、神道、修験道といった宗教世界に関わった神仏習合の推進者としても、文学、宗教、歴史、地理、民俗、芸能、説話伝承それぞれの世界に極めて大きな存在であり、中世文化の領域をすでに大きく越境して、現代の日本文化に多大かつ複雑な影響を与えている。
西行を研究し、関心を抱く者は、古今に拠らず東西を問わず、国文学、民俗学、宗教学、仏教学、歴史学、美術史学、古筆学等々のさまざまな研究領域に及び、さらには西行嫌いも含めて、西行を愛好する者や西行を表現する者もまたさまざまな領域にわたっている。それは西行八百年遠忌を記念して編纂された『西行関係研究文献目録』を繙くだけでも、日本文化のほとんどあらゆる領域に及ぶ文化人、知識人たちの担い培ってきた思いが、なにがしかの形で西行に関わろうとする思いでもあったと読み解くことができるほどである。
ところで、西行に関わる諸領域の一つ「西行伝承」については、十二年ほど前に「西行伝承研究会」が発足された。西行に深い関心を寄せる和歌文学研究者、説話文学研究者、口承文学研究者の有志が一堂に会し、全国各地の西行伝承を調査することを通して、西行の日本文化への多大な影響が現代の今に至るありようを確認してきた。その「西行伝承研究会」も、平成二十年三月には解散した。
西行は、その精神力の強靱深遠、表現力の豊饒重厚、行動力の活発機敏、さらにそれを支える好奇心の旺盛縦横、いずれを見ても、諸領域の一つに限定して取り組むことを許すものではなく、しかしそのすべてを網羅しつつ、現代第一線級の研究エネルギーをあてることは個人のよくするところではない。まさしく「巨人」「自由人」たる所以である。
今こそは、西行に関心を抱く、すべての人々が結集し交流し、それぞれの西行を深め合い、新たな西行を発見してゆくことで、越境する西行、脱領域する西行を「西行学」の名の下に再構築する、いわば「西行する」開かれた場を設立すべき時期の到来だと思い至ることとなった。
ここに、本会設立の趣旨に賛同くださる方々の参加を切にお願いする次第である。
平成二十一年四月 西行学会発起人一同
浅田 徹
阿部 泰郎
嵐山 光三郎
伊東 玉美
稲田 利徳
宇津木 言行
黄地 百合子
岡田 隆
小栗栖 健治
川島 秀一
金 任仲
久保田 淳
小島 孝之
小林 幸夫
小堀 光夫
坂口 博規
志立 正知
高城 功夫
谷 知子
近本 謙介
津田 さち子
徳田 和夫
礪波 美和子
中川 委紀子
中西 満義
名古屋 茂郎
錦 仁
西澤 美仁
花部 英雄
埴岡 真弓
日野西 眞定
平田 英夫
別府 節子
松本 孝三
峰岸 純夫
宮本 達郎
村尾 誠一
山口 眞琴
山田 昭全
山本 章博
渡部 泰明